学校の概要


本校は、昭和32年4月29日福生第一小学校として落成式を迎えた、その時の規模は、普通教室10、給食室、体育倉庫、3年・5年360名であった。そして、昭和34年4月1日福生町立福生第四小学校として独立開校した。初代校長は、細谷勇太郎氏であった。昭和37年4月28日に校章を制定し、校旗を作製した。



















校区の北には、あきる野市・羽村市・福生市・瑞穂町を管轄とする福生警察署があり、その先は玉川上水の取水口のある羽村市となる。校区の東側を南北にJR青梅線が走り、校区の東の一部を分断している。西側は、福生市とあきる野市の境界線となる多摩川が流れている。その多摩川と並行して、玉川上水が清らかな流れを見せている。この玉川用水の周辺では造り酒屋やお寺等の古くからの町並みを見ることができる。






















校庭の南側の一部に木が多く植えられており、野鳥が飛来する。コゲラが木をつついている姿を見かけることがある。多摩川に近いせいもあるのかプールにヤゴやコガタミズムシが住み着く。プールの清掃のとき、それらを捕獲し、観察している。敷地は、給食センターがあり、自校方式同様の恩恵を受けている。























屋上からは、西に奥多摩の山々を見ることができる。東側には米軍横田基地、さらに遠くに新宿副都心や東京タワーなどが見えるはずであるが、多摩川に削られた低い土地に校舎が建っているため、福生駅近くの西友の看板が目立つだけである。南西には、丹沢連山が連なり。その上に富士山を見ることができる。











校庭の隅には、水準点のような物が設置されている。そこには、海抜百三十メートル、東経百三十九度二十分、北緯三十五度四十三分と記されている。